豊田雅孝さんの野球に注いだ学生時代

豊田雅孝さんは、東京郊外で生まれました。
彼の家はシングルマザーだったためお母さんはいつも仕事で不在、兄弟もいませんでした。
そのため学校が終わって家に帰るといつも一人だったのです。
きっと、寂しかったでしょう。
ですが彼は、決してお母さんに「寂しい」とは口にしませんでした。
それは、お母さんが自分を育てるために必死になって働いてくれていることがわかっていたからです。
子どもの頃から、周りをしっかり見ることのできる優しい子でした。
豊田雅孝さんの現在の優しい人柄は、その頃からすでにできていたのです。

豊田雅孝さんは学生時代、野球に没頭する日々を送っていました。
小学校からクラブチームに所属し、中学、高校も野球部に所属。
彼が野球を頑張る姿が大好きだったお母さんは、仕事がどんなに忙しくても献身的にサポートをしてくれていました。
小学校の野球クラブチームの練習がある土日は朝5時に起きてお弁当を作ってくれて、中学、高校の部活のときもお腹が空くからと夜食弁当を持たせてくれていたのです。毎日泥だらけになる練習着やユニフォームも、朝になると綺麗に洗濯されていました。
お母さんのサポートがあったからこそ、「野球」という一つのことを長い間継続して頑張ることができたのでしょう。

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